デュッセルが構想した解放哲学とは?

 「解放」という言葉は今日、広い文脈で使われます。それは社会正義の議論における基本語彙の一つといえるでしょう。しかし、「解放」とはどのような概念なのかと問われると、答えるのは簡単ではありません。 苦しみをなくすこと、差別をなくすこと、制約をなくすことなど、様々な考え方があります。
 《交界の羅針盤》は多種解放をテーマとするため、解放の概念を基礎づけることは不可欠の作業となります。そこで今回は、ラテンアメリカの神学者エンリケ・デュッセル(Enrique Dussel, 1934–2023)が著した『解放の哲学』を紐解き、彼が考えた解放の概念を整理してみたいと思います。

植民地支配と「外部」に置かれた経験

 デュッセルの問題意識は、北側諸国による南側諸国の支配、西洋近代やそれが生んだ資本主義植民地主義による抑圧状況に向けられていました。植民地化された人々は、支配的なシステム(既成秩序)のもと、みずからの他者化に加担させられ、その苦しみはシステムに包摂されない「外部」に置かれます。
 したがって解放とは、抑圧的な現行のシステムを否定しつつ、システムによって否定された「外部」の経験を肯定する過程でなくてはならないとデュッセルは論じます。「解放とは監獄を脱し(否定されたものを否定し)、監獄以前と監獄外部にあった歴史を肯定することである」という言葉は、その点をよく表しています。彼はフランツ・ファノンに倣いつつ、この枠組みを周縁からの解放哲学、「地に呪われた者たち」からの解放哲学と位置づけました。

応答責任と新秩序の樹立

このような解放運動の基盤は、他者化された者たちへの責任を引き受けることにあるとされます。「外部」に置かれた被抑圧者たちの経験、すなわちその悲嘆や抗議や沈黙は、現状を問い直す「啓示」であり、それらに応答することが責任の根幹をなします。

見えざる者の苦痛の叫びは、単なる〈何か〉ではなく、〈誰か〉の存在を指し示す。叫びという記号表現によって指し示される〈誰か〉は、その苦痛、その叫びの原因に関し責任を担うことを、私たちに迫り、求める。 

 では、「他者」への責任において行なうべきことは何でしょうか。それは単なる破壊ではありません。デュッセルによれば、解放運動の目標は、システムの基盤を覆し、新しい秩序を樹立することにあります。したがってその実践は、性、経済、技術、教育、言語、 生態系との関係など、ほとんどあらゆる社会領域における革命的な創造を伴います。
 解放の歩みは改良主義ではなく、システムの中核を揺るがすものであるため、現行の秩序においては時に違法性を帯び、脅威とみなされ、弾圧の標的にもなります。その運動は苦痛に満ちたものとなりますが、抑圧の監獄を脱するプロセスは、同時に至高の喜びをももたらし、「私たちが生き続けることを可能にするものである」とデュッセルは主張します

多種解放との接続へ向けて

 デュッセルの哲学はこれに尽きるものではありません。今回は以後の探究へ向け、彼の著書から解放概念のエッセンスを抽出することに努めました。 
 注意すべき点として、デュッセルはあくまで人間の解放に焦点を絞っています。しかしその議論は、支配体制の構造分析に始まり、「外部」に置かれた他者への責任、言葉ならぬ言葉に対する応答、改良主義を超えたシステムへの抵抗など、領域を超えた様々な他者の解放へと拡張しうる可能性を豊かに含んでいます。その意味で、デュッセルの解放哲学は多種解放の構想を育てていくうえで、今後何度も立ち返る重要な参照軸となるに違いありません。


  1. Enrique Dussel (2013) Filosofía de la liberación: Obras Selectas XI, Docencia, p.84.
  2. ibid., p.82.
  3. ibid., p.128.

CODEXに、本記事の内容を図式化したインフォグラフィックがあります。併せてご参照ください。


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