



植民地化や脱植民地化という言葉は、今日、多くの文脈で使われています。実際、少し探しただけでも「大学の植民地化」「女性の植民地化」「研究の脱植民地化」「デザインの脱植民地化」「ジェンダーの脱植民地化」さらには「フィットネスの脱植民地化」などの用法が見つかります。
しかし、このような言葉を用いる人々が、実際の植民地化や脱植民地化の歴史に関心を向けていることは、決して多いとはいえません。先住民学を専門とするイヴ・タックとK・ウェイン・ヤンは、このような傾向に一石を投じました。
植民地化・脱植民地化とは何か
タックとヤンは論文「脱植民地化はメタファーではない」の中で、定住植民地主義(または入植者植民地主義)に焦点を当てました1。その議論によれば、植民地化とは元来、入植者たちがよその土地を居住地・財産・資本とする企てを伴います。例えば、アメリカ大陸に渡ったヨーロッパ人は、土地を牧場やプランテーションに変え、その領土を拡大していきました。その過程で先住民たちは土地を奪われ、人間と土地の関係は大きな変容を遂げました。定住植民地主義はこれら全てが合わさったプロセスの総体を指します。
他方、脱植民地化は、このような歴史とその今日まで続く影響を見据え、先住民の土地と主権の返還を求める運動として続けられてきました。それは単なる抑圧や差別との闘いといった一般的な社会正義の概念に還元できるものではありません。
タックとヤンは、こうした特殊な歴史的文脈を持つ植民地化と脱植民地化という言葉をメタファーとして利用することが、植民地化に加担してきた人々やその末裔である人々の責任を隠蔽することに役立ってきたと論じます。
植民地化の拡張
両名の問題提起は、私たちが他の運動の概念を流用し、結果としてその元の意味を骨抜きにする危うさを明確にしています。植民地化や脱植民地化、あるいは他の抑圧形態を表す諸概念を、私たちが単なるメタファーとして安易に「消費」していないかを自己点検することは、重要な課題に違いありません。
ただし、もう一歩踏み込むとするなら、タックとヤンの議論を踏まえつつ、植民地化という概念をその歴史的文脈に沿った形でさらに膨らませていくことは可能でしょう。例えば、植民地化には人間以上の次元があるのではないか、という問いは一つの方向性として考えられます。この問いはニュースレター「LIMINOSCOPE」で詳しく掘り下げる予定です。
なお、タックとヤンの論文には他にもいくつかの重要な問題提起が含まれていますが、それらについては回を改めて取り上げることとしましょう。
関連アーカイブ
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註
- Eve Tuck and K. Wayne Yang (2012) “Decolonization is not a metaphor,” Decolonization: Indigeneity, Education & Society 1(1): pp. 1-40.
