「差別」という概念は今日、非常に複雑化して、多くの議論を生んでいます。性差別、人種差別、障害者差別のように、古くから知られている差別に加え、現在では異性愛中心主義のような見えにくい差別形態や、複数の差別が組み合わさった交差性という現象にも光が当てられるようになりました。
しかし、そうした状況でもなお、「種差別」という概念の認知度や受容度は低い状態にあります。その一因は、種差別に苦しめられるのが人間以外の動物であるという点にも関係しているでしょう。 差別問題に敏感な人々でも、種差別を差別と認めないことは珍しくありません。そこで今回は、この種差別という概念がどのようなものであり、どのような議論を経て成立したのかを振り返ってみましょう。
種差別概念の起源
心理学者のリチャード・ライダーは、1970年、動物実験に異を唱えるパンフレットの中で、種差別(speciesism)という概念を提唱しました1。その要点は以下の通りです。
- 人間と動物は生物学的・身体的に大きな違いはなく、進化論的には連続線の上に位置する。
- ならばこの両者は道徳的な連続性も持っているのではないか。動物は人間と同じように、生命を宿し、苦しみを感じる存在だからである。
- 人間の苦しみのみに配慮し、他の動物のそれを無視するのは種差別である。
ライダーはここで論理性を強調します。すなわち、生存権や苦しみへの配慮を動物にまで拡張することは論理的思考の帰結であり、それを拒む種差別は利己的・感情的な議論であると彼は主張しました。ここには動物擁護に向けられる「感情論」というレッテルをしりぞける意図もあったかもしれません。現に動物の擁護を求める声は、感情的な訴えとみなされることで、長いあいだ市民権を得られませんでした。ライダーは、人間と他の動物の連続性を考えるならば、両者の配慮に差を設ける態度こそ不合理/非論理的な差別であると論じることで、「感情論」のレッテルを逆手に取ったともいえるでしょう。
種差別概念の普及
哲学者ピーター・シンガーはライダーの議論を受け継ぎ、1975年の著書『動物の解放』を通し、種差別の概念を一般に広めました。
彼の定義する種差別とは「自分が属する種の成員に利益をもたらし、他種の成員に不利益をもたらす偏見もしくは不公平な態度」を指します2。この定義は広く知られ、今日でも使われています。彼の議論は以下のような構成となっています。
- 道徳的配慮の最低条件は、利益や不利益を経験することであり、非常に多くの動物はこの条件を満たしている。したがって動物たちは道徳的配慮の対象となる。
- 同様の利益や不利益に対する配慮が種によって異なるとしたら、それは種差別に当たる。
- 今日の社会では、人間の取るに足らない利益(例えば肉食の快楽)のために、他の動物たちの大きな不利益が無視されている。これは種の違いだけを理由とする不平等であり、種差別にほかならない。
シンガーはライダーの議論を精緻化しました。重要なのは、平等な扱いと平等な配慮は異なるという点です。人間と他の動物が連続線上の存在だといっても、両者のさまざまな特徴の違いを考えるならば、扱いそのものは異なって当然です。 例えば、どんな刺激や環境が苦しみとなるかは、動物種によって違うので、それぞれの扱いは異なっていなければなりません。
しかし、種が違っても同じ大きさの苦しみは同じ大きさの不利益であり、種の違いによらず同じ大きさの道徳的配慮を受けなければならない、とシンガーは主張します。その議論は「利益に対する平等な配慮の原則」を打ち立てました。
意義と課題
ライダーとシンガーの議論を総合すると、差別とは不合理な基準にもとづく配慮の不平等を指し、種差別とは種の違いだけを理由とするそれだと理解できます。この構造は性の違いだけを理由とする不平等(性差別)や、人種の違いだけを理由とする不平等(人種差別)と重なります。
冒頭に述べた通り、差別をめぐる議論は活発に行なわれていますが、ともするとこの言葉は曖昧に使われ、単に誰かにとって不快な言動や行動を指すもののように解釈されることもあります。そのような拡大解釈が行なわれると、この概念は存在意義を失うでしょう。してみれば、動物倫理学の創始者たちが差別の本質を厳密に特定したうえで、種差別という概念を用いてきたことには大きな意義があったといえます。
ただし、両名の種差別概念に問題がなかったわけではありません。彼らの定義は何を明らかにし、何を見落としているのか、それはどのような思想や立場を前提とし、どのような価値観を強化するのか――こうしたところに、批判と検討の余地が残っています。それに関しては回を改めて考えることとしましょう。
なお、動物倫理学と種差別に関するより詳しい検討は、ニュースレター「LIMINOSCOPE」で行ないます。
CODEXに、動物擁護運動の展開をまとめたインフォグラフィックがあります。併せてご参照ください。
註
- Richard D. Ryder (2010). “Speciesism Again: The Original Leaflet,” Critical Society 2 (1).
- Peter Singer (1975) Animal Liberation: A New Ethics for Our Treatment of Animals, A New York Review Book, p.7. なお、本書の最新改訂版として、ピーター・シンガー著/井上太一訳(2024)『新・動物の解放』(晶文社)も参照されたい。
