今日の地球危機を考えるとき、テクノロジー(技術)の役割と問題に目を向ける人は少なくないでしょう。気候変動、環境汚染、生命操作、農業の工業化など、現代の世界を悩ませる課題群は、資本主義と結びついたテクノロジーの濫用によってもたらされているところが大きいといえます。数々の便益とともに、地球規模の破壊をももたらしてきたテクノロジーというものに、私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。
この問題に関し、重要な示唆を与えてくれるのが、先ごろ日本で刊行されたアシル・ンベンベの著書『地球共同体』1です。 本書はネクロ政治(necropolitics; nécropolitique)という強力な枠組みを示し、ポストコロニアリズムの議論に大きな影響を与えてきたンベンベの集大成ともいうべき作品にあたります。植民地支配の構造を分析してきた彼は、本書においてその視点を地球スケールの暴力へと広げ、テクノロジーによる生命支配の実態と、アフリカの宇宙論に根ざす私たちの生存可能性を探ります。
ただし、その議論は錯綜したモチーフを通して展開されるため、容易な読解を許しません。そこで今回は、同書において一つの大きな主題となっているテクノロジーの問題に光を当てます。
テクノロジーの遍在
ンベンベの問題意識は、地球危機と深く結びついているテクノロジーの役割に向けられています。人工衛星から通信機器、リモートカメラ、温度センサーまで、今日の世界を見渡すと、いたるところにテクノロジーが配置されていることが分かります。人々の生活は隅々までリアルタイムで監視・観測・追跡され、その情報はデータとして集積されます。人間以外の生きものや自然の生態系もテクノロジーから無縁ではなく、研究や保護という名目のもとで常時モニタリングされています。いまやテクノロジーから無縁である場所は、おそらく地球上のどこにもないでしょう。
そうして集められた情報は、人々や生物の管理や統治に利用され、新たな市場をも生み出します。監視カメラを使った国境警備、情報科学と結びついた生物開発、通信技術を駆使した野生生物管理などは、その実例に数えられます。ンベンベはこのような事態を踏まえ、テクノロジーは私たちの環境そのもの、生息空間そのものになったと論じます。
テクノロジーによる捕食
そこで問題になるのが、テクノロジーによる「捕食」の問題です。テクノロジーはあらゆるものを数値やデータとして取り込みますが、そこでは一種の抽象化が行なわれます。万物は計量可能な単位に還元され、管理や商品化に適した形に道具化・金融化されます。生物の代謝過程は「遺伝情報」に、森林は「炭素吸収源」や「種の貯蔵庫」に還元されます。
現代では、捕食は、人間身体と同様にすべての生物に行使される。……遺伝子も生物学的過程も、動物も植物も、生物多様性総体も、物質も生命も、ほぼすべてが……「貨幣」として再認定される対象となりうるのである。 というのも、世界の金融化という文脈では、すべてが計量化され、測定の対象とならねばならないからである。2
しかもテクノロジーはいまや、私たちの思考にも大きな影響を及ぼすに至っています。私たちはテクノロジーのレンズを透かして世界を見つめ、「データ」や「情報」として捉えた対象物を、生産性や効率性の観点から評価することに慣れています。このことは、生物を「遺伝資源」と捉えたり、人間を「人材」や「リソース」と見たりする社会の傾向を振り返れば明らかでしょう。「今や実践的な機能性を有するようなものだけが現実的であり、即座に有用であるようなモノこそが最高というわけである3」。 すなわちンベンベによれば、人間の理性自体もテクノロジーの論理に侵食され、道具的理性に変容しつつあるというのです。
そして、このテクノロジーによる世界と理性の捕食は、あらゆる存在を客体の地位に落とし込むことで、地球と生命の放縦な搾取に門戸を開き、その危機をもたらす大きな要因となりました。
地球共同体の活路を求めて
『地球共同体』はこのように、テクノロジーがもたらした世界の荒廃を生々しく描き出しています。その洞察は、監視資本主義やプラットフォーム資本主義、生政治や人新世をめぐる議論と交わりつつ、今日の危機を人間以上の視点から捉え直します。ンベンベの議論はさらに、このようなディストピア的状況のもとで私たちが生き延びるための活路を探る思索へと向かいますが、それらについてはまたの機会に扱うのがよいでしょう。本書の構成は複雑にして広大であるため、多層的な読解を要しますが、資本主義とテクノロジーの融合、地球規模に拡大した植民地主義、そして人間と人間以上の生存可能性を考えたい人々にとって、ンベンベの問題提起は重要な視座を与えてくれるに違いありません。
本書ならびにンベンベの思想については、ニュースレター「LIMINOSCOPE」 でさらに掘り下げることを予定しています。
註
- アシル・ンベンベ著/中村隆之、平田周訳(2026)『地球共同体――最後のユートピアについての考察』人文書院。
- ibid., p.35
- ibid., p.39
