



抑圧とは何でしょうか。それは単に苦しい状態に陥ることではありません。怪我や病気を抱えている人は苦しみますが、それは抑圧されることとは違います。誰かの悪巧みで痛い目に遭うことも、不幸や不運ではありますが、抑圧であるとは限りません。
では、抑圧を抑圧ならしめる特徴とは何なのでしょうか。
組み合わさった力や障壁
ラディカル・フェミニストのマリリン・フライは、秀逸な抑圧理論を打ち立てたことで知られます。フライによれば、抑圧とは複数の力や障壁が組み合わさり、ある集団を身動きさせなくする構造を指します1。
例えば、女性は今日の社会において、事細かな身だしなみや振る舞いのルール、態度や表情に関する期待や評価、妻や娘や母としての役割などに縛られます。それらに逆らうことはできますが、そうすると周囲の人々から非難されるなど、社会的な懲罰を受けます。
しかもこうしたルールはしばしば矛盾しており、女性がどんな行動を選んでも不正解となる状況を作ります。例えば、いやなことがあるならはっきり「いや」と言わなければいけない、けれども女性は常に愛想よくしていなければならない、という要求もその一つでしょう。また、母親は子供を放任すれば無責任と言われ、監視が厳しければ過保護などと言われます。
このような障壁が生活の様々な場面に設けられると、女性は身動きがとれなくなります。
矛盾する要求の例
常に愛想よくせよ
⇔
いやなことはいやと言わなければいけない
男性の誘いを断る
⇒
愛想が悪い
男性の誘いを受け入れる
⇒
何をされても文句は言えない
・・・ではどうすれば?
鳥の檻
フライは抑圧の構造を、鳥を閉じ込める檻に譬えます。
檻を形づくる一本の針金に注目していても、なぜ鳥がそこから出られないのかは理解できません。しかし、鳥が置かれた状況全体に視野を広げると、針金は複雑に組み合わさり、中の鳥を逃がさない構造となっていることが分かります。「抑圧とは複数の力や障壁が組み合わさったもの」とは、このような事態を指します。
そして重要なことに、この檻は特定の集団を束縛しつつ、他の集団に利益をもたらすものとして存在します。例えば女性に課される一群のルールは、様々な事柄に関する責任を女性に負わせる一方、男性の責任を不問とすることに役立ちます。性暴力事件が起これば往々にして女性の振る舞いが悪かったことにされ、子供が問題を起こせば母親の育て方が悪かったことにされるなどは、その分かりやすい実例に数えられます。
社会に広がる抑圧
フライは女性や有色人種の人々が置かれている状況に光を当て、抑圧の特徴を見事に解き明かしました。この理論を踏まえるなら、私たちは「誰もが抑圧されている」といった単純な見方を脱し、社会にどのような力や障壁が存在しているのか、それが誰を閉じ込め、誰に利益をもたらしているのかを、入念に突き止めていく必要があるでしょう。
《交界の羅針盤》ではフライの抑圧モデルを参照しつつ、人間と人間以上の存在を取り巻く力関係を引き続き分析していきます。
関連資料
- 「可愛い」を問い直す――フェミニズムの視点から考える動物の客体化
- 「良い/悪い」は誰が決める?――マリリン・フライが説き明かした我が物顔の目
- 支配の手法――人間は意思を持つ存在をどのように従属させてきたか
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註
- マリリン・フライ著/井上太一訳(近刊)『現実をつくる政治学――性・言語・認識をめぐるフェミニズム理論エッセイ集』慶應義塾大学出版会、第1章。
