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「可愛い」を問い直す――フェミニズムの視点から考える動物の客体化

 可愛い犬、可愛い猫など、私たちの周りには可愛い動物がたくさんいます。動物を可愛いと思うのは生理的な感覚かもしれません。また、愛着を抱いた相手を可愛いと思うのは自然です。
 しかし、私たちはただ動物を可愛いと思うだけでなく、その動物たちを商品として扱い、手なずけ、服を着せたり美容を施したりします。そこでは、動物たちが本来どんな生きもので、何を望んでいるかに関係なく、私たちが一方的に「可愛い」という評価をお仕着せ、玩具扱いしていることが分かります。動物は人間から「可愛がられる」ことを拒めません。
 ここでは一種の客体化が起こっています。

客体化とは何か

 フェミニズムは女性の客体化について、さらには客体化一般について考察を重ねてきました。エコフェミニストのリサ・ケメラーによれば、客体化とは、意思を持つ存在を他の者が自分の目的に資する手段としてまなざし扱うことを指します。例えば、女性が何を感じ、何に苦しんでいるかを想像せずに、「怒っている顔も可愛い」「涙を流す姿も可愛い」などという男性がいたとしたら、彼は自分の欲望を満足させる客体として、その女性をまなざし扱っていることになります。
 のみならず、その「可愛い」という評価は得てして有害な干渉行為にもつながります。例えば「可愛い」女性に言い寄る男性や、「可愛い」女性があわてたり怒ったりするさまを見たがって故意に「いたずら」(という名のいやがらせ)を仕掛ける男性もいるでしょう。この時、女性はみずからの意思や安心や自由をないがしろにされ、否応なく男性の欲望に従わされます。
 これが客体化です。

動物の客体化

 動物の話に戻ると、私たちは「可愛い」とみなした動物を客体として扱っています。動物自身の意思を顧みず、「可愛い」という枠に収めて玩具のように扱うことは客体化となります。容姿をいじるにせよ、一方的に撫でまわすにせよ、私たちの欲望を満足させる手段として他者をまなざし扱うことは、客体化にほかなりません。しかもそれは珍しいことでも何でもなく、ごく一般的な人間動物関係を特徴づける力学となっています。
 ただし、客体化の形態は愛玩だけに限りません。他の形態については、機を改めて引き続き見ていく必要があります。
 ニュースレター「LIMINOSCOPE」では、客体化の作用が人間同士や他存在との関係をどのように規定しているのかについて、考察を深めていきます。


  1. Lisa Kemmerer (2011) Sister Species : Women, Animals and Social Justice, University of Illinois Press, p.26

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本稿は《交界の羅針盤》案内人・井上太一による独自整理である。
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