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世界はいくつあるのか?――ディペシュ・チャクラバルティが照らし出す地球危機時代の世界観

 世界は一つなのか、複数なのか――これは難しい問題です。人間であれ、人間以外であれ、生きる者たちはそれぞれ異なる生活条件を持ち、異なる形で権力の影響を受け、異なる歴史を生きています。誰の視点に立つかによって、世界は全く別の様相を呈するでしょう。それは世界が一つではないことを意味しているようにも思えます。
 けれども同時に、地球規模で見れば、私たちは共通の課題を抱えている点で、明らかに共通の世界を生きてもいます。環境破壊やパンデミックの脅威などは、人の違いや種の違いを超え、極めて多くの存在に影響をおよぼします。
 私たちは生きる者によって世界が異なることを踏まえつつ、同時に世界が一つであることを考えなくてはなりません。この難しい課題に関し、重要な示唆を与えてくれるのが、インド出身の歴史学者ディペシュ・チャクラバルティです。『一つの惑星、多数の世界』と題されたその著作は、植民地主義批判が世界の複数性を想定する一方、地球危機をめぐる議論が世界の単一性を前提とすることに注目し、両者の統合を目指します

ポストコロニアリズムの世界観

 ポストコロニアリズムは、植民地主義の負の遺産を批判的に分析する領域です。チャクラバルティによれば、その議論では世界の複数性が強調されてきました。
 ヨーロッパの哲学は総じて、人類はただ一つの人類であり、世界は一つであると考えてきました。しかし政治的な次元に光を当てれば、人類は決して一つではなく、植民地主義や人種主義などによって非対称な集団に分け隔てられています。そして人類の歴史は、そのように全く異なる世界に生きる人々の支配や従属、闘争や解放をめぐる物語でした。「人類」や「人間」の歴史と言われるものを詳しく見ていくと、世界が複数であることに気づかされます。
 ただし、それは往々にして人間だけが主体の歴史観であり、その歴史において地球は単なる「環境」(人間を取り巻くもの)でしかありませんでした。

地球システム科学の世界観

 しかし現在、私たちは歴史的な多様性とは裏腹に、世界共通の地球危機に面しています。気候変動はその代表格といえるでしょう。ここで問題になっているのは、地質学的・生物学的な地球システム、つまり「惑星」としての地球です。人類は政治的次元では複数でも、惑星の次元で見れば、総体として地球に危機をもたらしてきた存在でもあります。
  もちろん、地球危機を深刻化させた責任の度合いが集団によって異なることは無視できません。しかしチャクラバルティは、ポストコロニアリズムが「環境の問題については鈍感」で、「近代と世界の近代化を当然のこととして受け入れた」と、手短ながら核心を突いた批判を示します

グローバルの歴史と惑星の歴史

 チャクラバルティはこうして、人類=「グローバル」の歴史と、地球システム=「惑星」の歴史が表裏一体であることに光を当てます。地球危機を前にしても、それに応答する「私たち」は単一ではありません。しかし、人類は「多数のやり方で分断されているが、それでも連関」しています。そこで彼は最後に、政治的な差異を超えた連帯、相異なる諸世界の類縁関係を築いていかなければならない、と論じます。
 もちろん、疑問は残ります。類縁関係とは何か、支配者と被支配者のあいだに類縁関係は築かれうるのか、人間以外の存在が生きる世界はその関係にどう組み込まれうるのか、といった問題は、引き続き考えていく必要があるでしょう。しかし、チャクラバルティの議論は、この地球危機の時代に、多世界の認識と地球共同体の意識をいかに両立させるかという重要な課題を提起しています。

関連資料


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  1. ディペシュ・チャクラバルティ著/篠原雅武訳(2024)『一つの惑星、多数の世界――気候がもたらす視差をめぐって』人文書院。
  2. ibid., p.105。
  3. ibid., p.186.

本稿は《交界の羅針盤》案内人・井上太一による独自整理である。
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