二つの人間中心主義――環境倫理学とポストヒューマニズムの齟齬を確かめる

 人間中心主義を乗り越えるというスローガンは、今日、さまざまな議論で聞かれます。しかし、その意味は文脈によって大きく違うことがあるため、一口に「脱人間中心主義」を掲げている思想やプロジェクトでも、その様相や目標は一様ではありません。ここでは人間中心主義の大きな意味を二つに分けて整理してみましょう。

環境倫理学における人間中心主義

 人間中心主義という言葉が真っ先に、かつ最も頻繁に使われてきたのは、環境倫理学の分野でした。人間は万物の中心に位置する、自然や動植物は人間のために存在する、という考え方を人間中心主義といいます。これはとりわけ、ヨーロッパの近代以降に発達した自然観であると考えられています。そこでは、人間と他のあらゆる存在が切り分けられ、自然や動植物は人間にとっての資源としての価値しか認められません。
 しかし、人間中心主義にもとづく奔放な自然改変や生命支配の営みは、人間という種のあり方に対する疑問や、地球規模の環境危機をもたらしました。私たちは世界のすべてを人間に従属するものと考えてきたが、なぜ人間はそれほどまでに偉いのか、その思想が行き着いた結果はどうだったか、という疑問は、地球の荒廃が進めば進むほど強まっていきます。皮肉にも、人間中心主義の営みこそが人間の傲慢さを映し出し、その絶対的な価値に対する疑問を生んだともいえるでしょう。そこで今日では、地球危機への対処とともに、このような人間中心主義を見直すことが世界的な課題と考えられるようになっています

ポストヒューマニズムの人間中心主義

 一方、環境倫理学とは異なる意味の人間中心主義として、ポストヒューマニズム系の議論で言及されるそれがあります。ポストヒューマニズムは「人間」という概念が実はさまざまな問題を含んでいるとの観点から、固定的な「人間」概念を前提とした知や社会のあり方を問い直していく試みです。例えば、私たちは「政治」や「社会」を語る時、それが人間だけのものと暗に考えてきました。
 しかし、実際の政治や社会には他の動物も、その他の生きものも関わってきます。したがって、人間だけが世界に働きかける主体であるという考え方は、世界を記述・分析するのに不充分であることが分かってきました。結果、政治学にせよ社会学にせよ、あるいは経済学や人類学にせよ、人文・社会科学の諸分野は人間以外の存在も視野に入れた研究の枠組みをつくっていくべきなのではないか、との議論が盛んになりました。ポストヒューマニズム系の議論では、人間と人間以外からなる共同体のあり方を知ろうという、この新しい試みを「脱人間中心主義」と称することがあります

違いを理解する

 環境倫理学の議論に馴染んだ人がポストヒューマニズム系の文献を読むと、人間社会による自然や動物の支配はそれほど直接的に扱われていないため、人間中心主義の見直しという言葉が想定と違う意味で使われている、さらには、これは全く人間中心主義の見直しになっていない、と感じるかもしれません。その原因は、両者の問題意識が喰い違っていることにあります。
 環境倫理学における人間中心主義批判も、ポストヒューマニズムにおけるそれも、それぞれ独自の意義があります。したがって、人間中心主義という言葉の解釈として、どちらが「正統」あるいは「正解」かを議論することは不毛でしょう。しかし、人間中心主義という言葉について複数の解釈があることを理解し、「脱人間中心主義」という言葉がどの意味でのそれを指しているのかを見極めることは重要です。人間中心主義の克服をめぐる議論が嚙み合いにくい理由の一つは、この言葉が複数の意味で用いられていることにあるからです。
 実は、人間中心主義をめぐるこの二つの解釈は、完全に分かれているわけではなく、二つを統合する枠組みもあるのですが、それを解説するには、先にいくつかの前提となる議論を踏まえる必要があります。したがって、その紹介はまたの機会としましょう。人間中心主義に関する詳しい考察は、ニュースレター「LIMINOSCOPE」で扱っていく予定です。

CODEXに、本記事の内容を図式化したインフォグラフィックがあります。併せてご参照ください。


  1. 環境倫理学における人間中心主義の解説としては、例えばMarion Hourdequin (2024) Environmental Ethics : From Theory to Practice 2nd Edition, Bloomsbury Academicを参照。
     日本語文献では、例えば尾関周二ほか編著(2005)『環境思想キーワード』(青木書店)およびジョゼフ・R・デ・ジャルダン著/新田功ほか訳(2005)『環境倫理学―環境哲学入門』(出版研)を参照。
  2. ポストヒューマニズムにおける人間中心主義の解説としては、例えばlan Smart and Josephine Smart (2017) Posthumanism: Anthropological Insights, University of Toronto Pressを参照。

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本稿は《交界の羅針盤》案内人・井上太一による独自整理である。
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