



AIの環境負荷については、少しずつ認知が広がってきました。AIのデータセンターは大量の電力と淡水を浪費するという問題です。この問題についてもまだ調べられるべきこと、知られるべきことが膨大に残っていますが、その一方で、AIの全盛時代にはもう一つの大きな問題があることが明らかになってきました。それはAIの知的基盤構築に伴うデジタル植民地主義です。AIの運用は、世界の南側諸国(グローバルサウス)の人々を搾取する労働市場を通して維持されているというのです。
デジタル搾取工場
AIの知的基盤は、有害コンテンツを排除した注釈付きのデータに依存しています。膨大なデータにAI学習用の注釈を付ける作業をデータラベリング、有害コンテンツを学習データから排除する作業をコンテンツモデレーションと言いますが、この仕事を担うのはアフリカやアジアなどの南側諸国に暮らす貧しい人々です。
とある調査によると、その労働条件は公正な賃金の最低水準を下回り、強制的な無給残業、固定給の欠如、賃金未払いなどの問題が生じていました。しかも労働者たちは代理店を通して多国籍企業に雇われるため、不当な扱いを報告するルートもなく、誰が責任を負っているのかも明確ではありません。さらに、AIの学習を支えるその仕事は短期契約の不安定な雇用です。
こうした労働条件が原因で、この仕事を担う人々は慢性的な不安に悩まされ、絶えず暴力的なコンテンツを処理しなければならないために深刻な精神的ダメージも負います。AIの洗練された文章や生成画像が、このような第三世界の搾取によって成り立っているという問題は、まだほとんど報じられていません1。

AI・ロボット倫理に欠如しているもの
AIやロボットの倫理を論じる人々は、機械が感覚や意識を持ったらどのような配慮が必要かといった仮定的な問題に強い関心を寄せます。また、AIが人々の仕事を奪う、AIによって私たちの思考力が失われる、といった懸念は多数の研究者やメディアによって語られます。
しかし、AIの隆盛に伴う人権侵害の問題については、まだ何も論じられていないに等しい状態です。AIによる環境負荷の問題と同様、世界の北側(グローバルノース)に暮らす私たちにとって遠い世界のことに思えるこのような問題を、メディアや研究者が正面から扱うことが求められていると思えてなりません。それは人工物を介して世界の人々や人間以上の存在に影響をおよぼす私たち自身のあり方を問う問題に違いないからです。
AIや他の人工物が、多種関係の中でどのような位置を占め、他の存在者たちにどのような影響を及ぼすのかは、重要な探究課題です。《交界の羅針盤》では引き続き、この問題を多角的に考えていきます。
註
- Michelle Du and Chinasa T. Okolo (2025) “Reimagining the future of data and AI labor in the Global South,” https://www.brookings.edu/articles/reimagining-the-future-of-data-and-ai-labor-in-the-global-south/(2026年5月7日アクセス)。
なお、同報告書を要約した全球技术地图 (2025)「数字经济背景下重新构想全球南方人工智能劳动力的未来」百度, https://baijiahao.baidu.com/s?id=1847544364943822215&wfr=spider&for=pc も参照(筆者は後者の資料をもとにオリジナルの報告書の存在を知った)。
