問題はかれらが思考できるか、会話できるかではなく、かれらが苦しみを感じられるかどうかである。1
これは18世紀に生きたイギリスの哲学者、ジェレミー・ベンサムの言葉です。彼は功利主義という哲学を打ち立てる中で、この時代の常識に反し、動物への配慮を説きました。
功利主義は平等な社会をめざす道徳哲学で、最大多数の最大幸福を追求する考え方によって知られています。より具体的に言うと、私たちは自分の行為に影響される者たちの幸福や不幸を考え、関係者全体の幸福の合計値が最大になるよう振る舞うべきだという思想です。
功利主義の評価はまちまちですが、それはここでの焦点ではありません。重要なのは、ベンサムがその哲学において動物を配慮の枠に含めたことです。つまり、最大多数の最大幸福を追求する際には、誰の幸福を考慮に含めるかが問題となります。常識的な平等思想では、「あらゆる者」と言えばそれは「万人」を意味しがちですが、ベンサムは人間だけでなく他の動物の幸福や不幸にも光を当てました。
人間でない動物たちは、人間との違いを根拠に道徳的配慮の外に置かれてきましたが、ベンサムはそこで問題とされる両者の違い、例えば身体的特徴や能力の違いは重要ではないと考えました。不幸を減らし、幸福を高めることが道徳の役割であるなら、重要なのは動物たちが苦しみを感じられるかどうかの一点である、と論じたのです。
この考え方、すなわち道徳に無関係な特徴を脇に置き、あくまで道徳に関係する特徴のみを抜き出して評価するというアプローチは、後世の哲学者らに受け継がれ、動物倫理学の基礎となりました。
ただし、ベンサムやそれに続く動物倫理学の考え方は、一貫してはいるものの、完全無欠というわけではありません。今月から配信されるニュースレター「LIMINOSCOPE」の第1号では、苦しみに着目するこのアプローチに、どのような限界があるかを論じます。
CODEXに、功利主義の基本をまとめたインフォグラフィックがあります。併せてご参照ください。
註
- Jeremy Bentham (1961) An Introduction to The Principles of Morals and Legislation. In The Utilitarians, New York: Dolphin Books, p.381. 初版1789年。
